風土改革

固定観念に騙される~脳の錯覚とヒューマンエラー

目で見たものを参考に脳が判断する。実際には「ON」を目にしているにもかかわらず、脳が「OFF」だと思い込んでしまうこともあり得るという。そのような脳の思い込みを修正することができれば、ヒューマンエラーは少なくなるのではないか。その方法を考えてみる。


「騙し絵」というものがある。 M.C.エッシャーの階段をのぼり続ける人と下り続ける人を描いた絵は有名だが、あれは目の錯覚を利用したものだそうだ。

しかし、錯覚をおこすのは目だけではない。認知心理学の研究によって脳も錯覚をおこすことが分かっている。そして、脳の錯覚が危険なヒューマンエラーの原因になることがある。
事故やヒヤリハットの原因には、「なぜ、それに気が付かなかったのか」「なぜ、それが見えなかったのか」と不思議に思えるものがあるが、認知心理学の知見によれば、人の脳には「思い込みによって実際とは違う認知をする(実際とは違って見える)」という性質があるのだそうだ。

そして、その思い込みをつくっているのが経験などによってつくられた“固定観念”である。
したがって、「入力ミス」や「判断ミス」によるヒューマンエラーを繰り返さないためには、ヒューマンエラーの原因になっている“固定観念”を払しょくすることが必要になる。そして、この“固定観念”を払しょくするために有効な手法が「ダブル・ループ学習」というものである。

ダブル・ループ学習のメカニズム

ダブル・ループ学習は、 アメリカの組織心理学者クリス・アージリスとドナルド・ショーンが提唱した学習法で、何かしらの行動を取っていてミスマッチ(違和感)を感じた・失敗をした、などの体験をした時に、単に「行動」のみを振り返って修正するのではなく、「行動を支配する価値観(行動選択の際の判断基準)」まで深く振り返って、自分の価値観や固定観念に自ら気づき、それを修正する学習方法を言う。

ダブルループ学習

つまり、「朝、電源が落ちているのを確認してから作業をして、昼休憩後にも再度電源が落ちているのを確認してから作業を再開したつもりなのに、電源が落ちていなくて感電した」という時に、「行動」のみを振り返って「もっとしっかり電源が落ちているかどうかを確認しよう」と「行動」のみを修正しようとするのがシングル・ループ学習で、「行動」の背景にある価値観や固定観念(例えば、「朝確認したのだから電源は落ちているはずだ」という固定観念)まで振り返って、その価値観や固定観念を修正しようとするのがダブル・ループ学習だということである。

「三つ子の魂百まで」ということわざがあるように、行動の背景にある価値観や固定観念が修正されなければ根本的には行動は変わらないし、固定観念によって「電源オン」の表示を「電源オフ」だと思い込んでしまうこともあるのが人間の脳である。だから、危険なヒューマンエラーを繰り返さないためには、そのヒューマンエラーの原因になっている“固定観念”を払しょくすることが必要不可欠になるのである。

以前、一般社団法人原子力安全推進協会(JANSI)主催の安全キャラバンで講演した際に、「ダブル・ループ学習が一番興味深かった」という感想を複数いただいたが、これは逆に考えると、安全教育やヒヤリハットの原因分析などで、危険につながる固定観念を払しょくするための具体的な取り組みはそれほど行われていないということなのかもしれない。
であるならば、安全教育などにダブル・ループ学習を積極的に取り入れることは、危険なヒューマンエラーの低減を図るための具体的で有効な方法になるのではないだろうか。

 

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